第6回 実務に向けて

先生「これまで使ってきたツールはいずれも実務についても応用が効くものばかりであることを覚えておいてほしい」
金澤「ということは、これまでのツールを使って勉強していれば、そのまま実務にも持ち込むことができるということなんですか」
先生「そのとおり。これからは司法もIT化されていくことは間違いないから、ITツールに慣れておくことは重要だよ。実務についてから覚えればいいでは、IT化の波に乗り遅れてしまうかもしれない。最終回は、これまでのツールを私が実務ではどうやって使っているかを参考として紹介しよう」

 

ハード面:マルチディスプレイ

 少し贅沢ですが、画面を2つセッティングするマルチディスプレイは、IT仕事術には欠かせません。ディスプレイを2つ使うというのは、受験生の時代にはできなかった贅沢です。マルチディスプレイというのはどういうことかといいますと、1つのPCの画面を2つのディスプレイに広げて表示するというものです。文字で説明するよりイラストのほうがわかりやすいですね。

 

 こちらは、ノートパソコンとディスプレイ1台を接続した例。右側ディスプレイに相手方の準備書面や、証拠関係、条文などを表示させて、ノートパソコンで起案をする、というスタイルです。

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(参考図1: https://www.eizo.co.jp/eizolibrary/knowledge/laptop/index.html より引用)

 

 こちらは、デスクトップPCを使用している場合のデュアルディスプレイの例。同じサイズのディスプレイをつなげることで1台のディスプレイのような感覚になります。最近は、ベゼルレス(極薄縁)のディスプレイも多いので、より一体感が増します。ディスプレイのサイズは異なっても構いませんし、メーカーが異なっても問題はありません。デスクトップPCの場合は、ディスプレイポート(HDMI、DVI、Mini-sub15など)が複数ありますので、ものによってはトリプルディスプレイも可能です。

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(参考図2)

 筆者の場合、ノートパソコンを1台常に持ち歩いています。自宅では、参考図1のスタイルで仕事をし、事務所ではデスクトップPCを使って参考図2のスタイルで仕事をしています。ノートパソコンとデスクトップPCを使っているのなら、データはどうしているのかと疑問に思うかもしれません。データについては、本稿「第1回データの保存・管理」で書いたように、Dropboxを使ってノートパソコンとデスクトップPCとのデータをクラウドで管理しています。したがって、データをノートパソコンからデスクトップPCへ、またはその逆をなどというコピーする手間を掛けることなく、常に最新のデータを事務所でも自宅でも使うことができるようになっています。学習術における説明では、ノートパソコン1台のみで勉強するという前提だったため、ややもすればDropboxの便利さはわかりにくかったのですが、このように複数台のパソコンを使って仕事をするようになると、その利便性の高さに気が付きます(さらに、複数の弁護士と共有して作業する場合などにも便利)。

 

 画面の表示方法は、「複製」と「拡張」がありますが、通常は「拡張」で使用することになります。複製は、単に1台の画面と全く同じものをもう1台のディスプレイに表示するだけです。拡張は、あたかもディスプレイのサイズが倍になったかのように、2台のディスプレイを1台として使用することができるのです。左の画面に証拠関係を表示し、右の画面で準備書面を作成するという使い方をします。学習においても、左の画面に問題文や条文を、右の画面に論文を、というような使い方ができるでしょう。

 

データの保存・管理(第1回記事から発展)

《フォルダ構造》

 第1回でデータの保存・管理を扱いましたが、これを応用すれば実務でも使えます。フォルダ構造については、所属した事務所に従わざるを得ないところはありますが、自由が効くなら色々検討する余地があります。パターンとしては依頼者名で分ける人が多いように感じます。その中で、さらに事件ごとのフォルダを作っていきます(漢字のフォルダ名はあいうえお順に並ばないので、依頼者名の上に「あ」行フォルダのように作成することもある)。ただ、このパターンは、1人の依頼者に複数件の事件がある場合はいいですが、不特定多数から事件を受ける場合は、結局1人のフォルダについて、1つの事件しかないということになり、あまり意味をなしません。構造を深くしすぎると、一覧性が悪くなるのも学習術と同じです。

┣芦部⚫⚫

┗安倍⚫⚫

 ┣損害賠償請求事件

 ┗離婚請求事件

┗石井⚫⚫

 

 そこで、筆者の場合は、依頼者名+事件名のフォルダを作成しています。その下に、様々な文書の原案を保存するドラフトフォルダ、他に訴訟になっている場合は訴訟フォルダなどを適宜用意しています。同じ依頼者の事件を選択したいときは、並び替えをすれば依頼者名でソートされるので選択することができます(あいうえお順に並べたければ、依頼者名の頭に「あ」などつけておけばよい。「あ芦部」「あ安倍」など)。探しにくいのではないかと思われるかもしれませんが、基本的には検索すればいい、というスタンスですので、これで十分です。階層を深くたどっていくよりも、わかりやすいですし、手持ちの事件数も数えやすいです。

 事務所によっては、エクセルや専用の事件管理ソフトを使用して事件管理をしているかもしれません。事件管理ソフトで事件を検索できるのであれば、使用している事件管理ソフトに振られる事件ごとのIDをフォルダ名に振っておいても検索しやすくて便利です。筆者も、オリジナルの事件管理ソフトを使用して管理しているので、フォルダ名には事件IDも入れるようにしています(「234-芦部 損害賠償請求事件」のように)。

┣芦部 損害賠償請求事件

┣安倍 損害賠償請求事件

 ┣ドラフト

 ┣資料

 ┗訴訟

┣安倍 離婚請求事件

┗石井 株主権確認請求事件

 

《ファイル名》

 判例や文献のファイル名については、第1回の記事で書いたことと同じです。この点は受験でも実務でも変わりません。実務でも判例や文献を見ることは多いので、それらは事件のフォルダに保存しておきます(事件のフォルダ直下に「資料」などのフォルダを作成する)。

 実務で使うファイル名の付け方も、学習術の発想と同じです。検索でヒットさせたいキーワードを入れるようにするのがよいでしょう。注意点としては、ドラフト以外のファイルについては、PDFで保存することです。ワードのままで保存しておくと、誤って文章を変更してしまった場合など、提出した文書と内容に齟齬が生じてしまいかねません。

 筆者は、「作成者_タイトル_日付」をベースにファイル名をつけるようにしています。例えば、「原告_訴状_20180803.pdf」であれば、2018年8月3日付の訴状であることがわかります。準備書面も同様に、「原告_準備書面1_20181005」とすれば、2018年10月5日付の原告の準備書面1であることがわかります。日付は、読み替えが面倒ではありますが、和暦でなく西暦にしておいた方が並び替えの際に便利です。準備書面は、「準備書面1」と「第一準備書面」とする場合がありますが、「準備書面1」に統一しています。証拠の場合は、「原告_甲1(契約書)」などとしています。

 

《保存先ストレージ》

 Dropboxで動いている事件についてはクラウドと自分のノートパソコンを同期し、終了した事件は所内のネットワークHDDに移動するようにしています。

 

文書作成(第2回記事から発展)

 学習術では、eノートとしてWordでの文書作成について触れました。実務では、ノートというより、「書面」といったほうがしっくりきますね。Wordで文書を作成する方法は、学習術と変わりませんが、実務では変更履歴・比較機能も使用します。

 

《ワードの変更履歴機能・比較機能》

 変更履歴機能は、他の人が文書を修正した際に、その修正部分がわかるように表示される機能です。変更した部分を受け入れる場合は承諾、拒否したい場合はもとに戻すことで、修正を反映させたり、させなかったりすることができます。

 学習術においては、PCでレポートを作成し、メールで添付して送信し、先生がそのデータを開いて添削するといった場合に使用すると、添削箇所がわかりやすくなります。筆者もロースクールの授業でレポートを添削する際には、変更履歴を残す形で修正して、学生に返すようにしています。受験生同士のやり取りでも報告レポートの作成はPC使用だと思いますので、変更履歴を活用して報告レポートを作成すると効率が上がることでしょう。

 実務では、契約書を修正する際に変更履歴を使用しますし、共同受任した事件(複数の弁護士で1つの事件を共同して受任した事件)の場合ですと主任が訴状等の原案を作成し、その他の弁護士が変更履歴を使用して修正する、という使い方をします。この変更履歴の機能は使うことがかなり多いので、よく覚えておいてください。

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(変更履歴をONにした例)

 比較機能というのは、複数の文章を比較して、変更箇所を表示する機能です。学習術ではあまり用いる場面が想定できません。自分の答案と優秀答案を比較機能によって比較しても意味がないと思われます。

 実務では、依頼者や同僚以外の人と契約書作成をするときなどに活用できます。先に述べた変更履歴を使用したやりとりをすることができれば一番ですが、こっそりと一部の文言を変えてあった場合などは気が付きません。そこで、この変更機能を使うと、自分の作成した契約書と相手が修正した契約書を自動的に比較し、異なっている箇所を変更履歴の形式で出力してくれます。

 下記サンプルは、文書1と、文書1を変更した文書2を比較機能を使用して比較したものです。比較結果文書に、変更履歴をONにしたときと同じように、削除した箇所は一重線で削除され、追加された部分はアンダーラインが引かれています(下記サンプルでは削除された部分を赤矢印で、追加された部分は青矢印を引いてあります。)。

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(参考図:比較機能)

 

《六法の参照》

 学習術では、And六法法令データ提供システム条文ジャンプを紹介しましたが、新しいeGov法令検索に対応した便利サイトを作成しました。

 eGov法令検索は、従前の法令データ提供システムよりデータの更新が早くてよいのですが、単純なHTML形式ではなくなったため、アクセスしたときの読み込み速度が遅く、法令画面が狭くて非常に使い勝手がよくありません。

 そこで、eGov法令検索をもっと使いやすくしようと思ってEasy eGov六法を開発しました。フリーで利用できますので、PCで法令を見る際に活用していただけますと幸いです。使い方についてはトップページに書いてありますので、簡単に触れるだけにしておきます。法令名とかいてあるテキストボックスに、閲覧したい法令を入力して選択すると、表示されます。テキストボックス下の法令名のリンクは、ショートカットです。直近にアクセスした法令5つが表示されます。右側のハンバーガーメニュー(「三」のようなアイコン)は、法令が表示されている状態でクリックすると、法令の目次が表示されるものです。最後に、キーボードの数字キーをタイプすると、目的の条文にジャンプします。筆者制作のAnd六法をご利用のユーザーでしたら、似たようなインターフェースですのですぐに慣れると思います。

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 実務では手書きから開放されて、PCで訴状や準備書面を作成していきます。条文を引用するときも、Easy eGov六法を使えば条文をコピペすることができ、条文の引用を正確かつ迅速に行うことができます。

 移動中にはAnd六法を使用して法令を閲覧するのは学習術と同様です。裁判中(弁論や弁論準備手続の中で)に、スマートフォンを開いてAnd六法で条文を確認することもあります。傍聴に行けばわかりますが、法廷でパソコンを使用して記録を取る弁護士もいますし、スケジュールについてはスマートフォンを使ってチェックしている弁護士も今では多いですね。

 

録音(第3回記事から発展)

 会議や交渉の録音の際に、スマートフォンの録音機能を用います。ですから、第3回記事の「スマートフォンの場合」を参考に、録音方法を覚えておく必要があります。また、遺言を作成するときなど、将来、遺言無効を争われたときに備えて、遺言作成時の状況を録音ではなく、録画することもあります。

 学習術では使いませんが、他に実務で使うことがあるのは通話録音です。スマートフォンで電話をしたときに、会話した内容を録音することができます。Androidの場合は、【通話録音-ACR】というアプリがあります。一方、iPhoneの場合は実用的な通話録音アプリはないようです。会話が終わった後は、忘れずにPCのフォルダに保存しておきましょう。音声データは容量が大きいので、放っておくとあっという間に容量いっぱいになってしまいます。

 データの移動はAndroidならUSBケーブルでPCと接続し、「MTPモード」を選択すると、PCのファイラー(エクスプローラ)で、スマートフォン内部のデータの編集をすることができます。iPhoneの場合は、iTunesを入れた状態でライトニングケーブルを接続する必要があります。

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スケジュール管理(第5回記事の発展)

 実務につくと、受験時代以上にスケジュール管理が大事になってきます。裁判期日をすっぽかすわけにはいきませんし、遅刻するわけにもいきません。一期日ごとに依頼者の人生がかかっています。第5回の記事で、「訟廷日誌」なるスケジュール帳を使用している弁護士が今もたくさんいると書きましたが、筆者も訟廷日誌を持つことが、弁護士っぽい感じがして憧れた時期もありました。しかし、手書きのスケジュールは事務所に戻ってから事務員と共有するために書き写すなど、ひと手間多いのです。スマートフォンのスケジュール帳であれば、登録と同時に、共有しているメンバー全員に反映されますので、自然と事務所メンバーとスケジュールが共有でき、会議室の調整なども行いやすいのです。

 カレンダーの基本的な使い方は第5回記事で書いたことと変わりません。仕事のカレンダーのみをメンバーと共有したければ、非公開のプライベートカレンダーと公開のビジネスカレンダーを分けて作成すればよいのです(第5回でもプライベートと授業・自習の分け方として記載)。

 Googleカレンダーであれば、予定の登録と同時に、場所欄に住所を入れておきます。こうすると、Google Nowという機能により、自動的に場所と時間から逆算して、出発時刻になるとスマートフォンが通知をしてくれます(正確に判断させるためには、スマートフォンのGPS機能をオンにしておく必要があります)。ちょっとした秘書代わりになってくれます。

 予定の登録名称ですが、私の場合は「種類-依頼者名・概要」というパターンで入れています。予定名称が長すぎると、画面に入り切らずになんだかわからないので、できるだけ省略しています。例えば、打ち合わせであれば「打-」、弁論であれば「弁-」、準備手続であれば「準-」、電話会議であれば「電準-」といったふうにしています。依頼者名はフルネームで入れます。というのは阿部さんや田中さんになってしまうと、複数同時並行で受任していることがあるため、どの阿部さん?ということになってしまうからです。また、このように登録しておくと、その依頼者と何回打ち合わせをしたかなどが、カレンダーで依頼者名で絞り込むことで把握することもできるようになります。

 

おわりに

 全6回にわたり、ご愛読ありがとうございました。記事中にも触れましたが、裁判手続も、今更ながらIT化の波が押し寄せています。これからの法曹は、ワードやエクセルが使えるといった程度のIT技術では足りなくなってくるでしょう。学習術から仕事術へ、スムースにスライドするためにも、受験時代からIT技術に慣れ親しんでおくべきなのです。そうすれば、その技術はそのまま実務へとスライドさせて活かすことができます。受験中は、どうしても試験合格だけが目的となってしまいがちですが、将来自分がどうやって仕事をしていくのかを意識しながら学習をすると、さらにモチベーションが高まります。IT学習術を使いつつ、これは将来実務についたときに、こうやって活用できるのではないか、などと考えながら勉強をするきっかけになってくれると幸いです。

 

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